嵐を担降りしようか悩んでいます。その2。
担降りする
それは、「担当」をやめるということだと、私は思っています。
「ファン」と「担当」は少し違う。
私の持論としては、
「ファン」は、その人が好きでそれなりにテレビを観て、それなりに曲を聞いて、それなりにCD類を買う。
そんなものがファン。
「担当」は、日々その人に想いを馳せ、今何してるのかな、元気にしてるかな、とか思ったり(←)、CD類の発売やテレビ番組の放送日が決まったときは飛んで喜ぶ。そしてそれらを糧に「〇〇を見るまでは死ねない!なんとしても生きる!」と、生きる活力をもらえたり。自分の生活費を削ってでもその人を応援したいと思える。逢いたいと思える。日々その人から元気をもらっている。
それが担当です。
なので、私は嵐は「ファンを辞める」ことではなく「担当を辞める」ことに悩んでいます。
だって、嫌いにはなれないと思うから。
担降りしても番組は面白ければみると思うし、曲だって素敵だったら聴くと思う。かっこいいと思うときだって、時々あると思う。
今だって、変わらず好きではあります。
でも、以前のような「担当」としての好きではなく、「ファン」としての好き。
そんな格の下がった「好き」の状態で「嵐担」を「二宮担」を名乗ることに自信がなくなってしまったのです。
そしてなにより、今でも純粋に嵐が大好きな「嵐担」の方々に申し訳ない。
そんな気持ちであります。
だからここに、12月のライブで担降りしようか迷う自分自身に向けて、
こう思ったら担降りしろよ
というものを書き残しておこうと思います。
きっと悩むと思うから。
昔は越えられない…と思ったら担降りしろ!
来年も行きたい…と思わなかったら担降りしろ!
この人たちにお金を出さなくてもいいかな…と感じたら担降りしろ!
比べるのはおかしいと思うけど、V6のほうがよかった…と少しでも思うなら担降りしろ!
これからも共に歩んでいきたい…と思わなかったら担降りしろ!
ライブ中、もしくは終わった直後にV6のライブに行きたい…って思ったら担降りしろ!
とまぁ、こんなところでしょうか。
きっと迷うの、それはいつだってあの5人は素敵だから。
素晴らしいものを私達にみせてくれるから、松本潤は、嵐は。
だからこそ、こんな中途半端な気持ちで嵐に向き合いたくない、失礼過ぎる。
こんなことを思ったら辞めるんだぞ、12月2日の私。